ウエルカム・コーヒーの理由
シートン動物病院の待合室に置かれているコーヒーとチョコレート・キャンディのお話です。
シートンに初めてこられた方は、かわいい看護婦さんたちがサービスするお茶やお菓子に驚かれることでしょう。おもてなしをするための「ウエルカム・コーヒー」と呼べばずいぶんおしゃれですけれど。 実はあのコーヒーには、ちょっとした秘密があるのです。
10年ほど前、私はフィリピンのセブ島で開かれたピアニストの
舘野泉先生のコンサートに出席することになりました。
大切なお客様がたくさんいらっしゃるピアノコンサートとパーティに招いていただいたのです。ところが不覚にも、出国の前日にインフルエンザらしき高熱で、40度近くの熱を出してしまいました。それでも「行かねばならぬ!」ということで、お医者さんに熱さましのお薬を出していただいて、高熱を抑え「フーフー」いいながら出発いたしました。
そして当日。 同行の方々には体調が悪いから・・ということで、コンサートぎりぎりまで車中で休ませていただいたので演奏が始まるころにはずいぶんと気分が良くなりました。なるはずでした。
ところが!演奏の第一部が終わりまして短い休憩時間の間に、突然私は意識がなくなり、へなへなと床に倒れこんでしまったのです。
気がつくと、野外に運び出され大理石の冷たい床の上に寝かされていました。朦朧とした意識の中で、主催者のマダムに抱きかかえられながら、生ぬるい薄茶色の液体の入ったカップを渡されました。
「このコーヒーを飲みなさい。今、あなたの体はこれが必要です! 飲めばよくなります。」
と口の脇からこぼれるのもかまわずに、無理やり流し込まれたのです。
すると不思議なことに、みるみる意識がはっきりし、すぐに立ち上がり歩けるようになりました。
私は「あの不思議な液体は何ですか?」と後からマダムにきいたのですが、ただのコーヒー色をつけただけの湯冷まし、ということでした。
コーヒーだから、なのかどうかわかりませんが、飲み物には不思議な効果があるようです。
ラグビーの試合の「魔法のやかん」の場合もそうですね。激しいぶつかり合いで怪我をしたり、意識を一時的に失っても、やかんの水をプレイヤーにかけると選手は立ち上がり再び試合に戻ります。
きっと飲み物そのものより、のどを液体が通過することで温度を感じたり、喉の筋肉が動かされて脳に刺激が行くのでしょう。それで意識がはっきりするのではないかと考えます。
待合室でお待ちの間に、お飲み物を飲んでいただく理由はここにあるわけです。
おうちの方は物言えぬ動物たちの代弁者ですから、私たちにより多くの正確な情報を本人の代わりにお伝えいただきたいのです。動物の容態を時系列で詳しくお話をしていただきますので、ちょっと一息つきながら、落ち着いて先生にお話をしていただきたいと思います。
かわいそうな動物たちに早く病気を良くなって欲しいと願う、シートン動物病院の知恵なのです。
コーヒーの苦手な方には冷たいお茶の用意もございます。どうぞご遠慮なくお申し付けくださいませ。また、待合室にはミネラルウォーターの浄水器がありますのでお使いくださいませ。